伝統儀式「チプサンケ」について
チプサンケはアイヌ語で「舟おろし」を意味し、古来から伝わる技法で作られた舟を川へおろし、舟に新たな生命を与えるための入魂の儀式です。平取町二風谷では、多くの人々にアイヌ文化への理解を深めてもらおうと、毎年8 月に伝統行事として実施しています。
チプとは「チ=我ら、オプ=乗るもの」という意味で、木の幹を削りくぼめて作った丸木舟を指します。二風谷は当時、戸数五十戸ほどの農村で、ほとんどの耕地は北海道でも屈指の水量を誇る沙流川の対岸にありました。その頃はまだ橋がかかっておらず、耕地を対岸に持つ多くの農民にとって、人や物資を運ぶためのチプは生活必需品でした。
チプサンケでは、河岸の祭壇の前に舟を置き、チプナンカ(舟の顔)の穴にイナウと呼ばれる祭具を立てて、ひえやあわなどの穀物や鮭、団子、タバコなどをお供えし、御神酒を捧げながらお祈りをします。まず川の神に舟を作ったことを報告し、山神には舟の材料を授けていただいたお礼をいいます。そして舟に向かって「今日からは、新しい神として人間と仲良く暮らしてください。あなたの力によって女も子供も川を渡ることができるでしょう。それらを安全に渡してくださることをお願いいたします」といい聞かせます。
自然界や人間が作ったものには神が宿り、それぞれ人間の役に立つために神の国からこの世にきていると考え、敬い、大切に生活していたアイヌにとって、チプサンケもまた、舟に魂を込め神に祈るための大切な儀式の一つとされてきました。
※チプサンケ・チプ・チプナンカの「プ」は全て小文字
引用:萱野茂 .『 アイヌの民具』.株式会社すずさわ書店